数年前、電車に乗ったとき週刊誌の中吊り広告の見出しに某人気アイドルの整形疑惑が書いてあった。
その数日後、インフルエンザの予防接種を受けるため昔馴染みの内科で待っていたら雑誌コーナーにその週刊誌があった。いつもの少年ジャンプが小学生に先に取られたので、暇潰しにどこをどう整形したのか軽く読んでみたら大変呆れた。
『〇〇〇、歯列矯正をしていた!!』
いやいや歯列矯正は整形じゃなく治療だろ。
もし仮に整形だというなら、この世にどれほど整形が必要な人がいるのだ。整形の必然性とは、その人の精神を脅かすコンプレックスを解消するためにあると思う。(美容目的はともかく)生まれつきの痣や火災で負った火傷痕など無くすことでどれだけその人の心を救えるか。それこそ整形の意義だ。
では歯列矯正はどうかというと、はっきり歯科治療である。歯列が悪いことで汚れた歯は完全に磨くことは出来ず、土台の歯肉に多大な負荷が掛かることで歯槽膿漏になるし下手すれば背筋すら歪んでしまう。歯肉の一部が腐ると口臭は免れないし身体を壊す可能性もある。どんなに歯を磨いたって茶色い汚れと腐った臭いは取れない、だからこそ肉体的な治療として歯列を治す必要があるのだ。それを整形とは、この編集部は何を考えているのだ…。
なぜ私がここまで怒っているのかというと、私自身がそうだからだ。生まれつき下顎が小さくて、そのせいで生える歯の全本数がアゴの距離に収まらずキツキツに並んで半分以上が列からはみ出している。そのおかげで上顎も影響されて“U”の幅が狭くなり、結果最前列の前歯2本がネズミみたいな相当の出っ歯になった。
歴代の歯科医からも歯列矯正を勧められたが、歯列矯正は健康保険対象外なので患者が全額負担しなきゃいけない。その額は大体100万円で簡単に出せる治療ではない。成長期に歯列矯正すれば半額の50万円ぐらいで出来るが、その頃の我が家は父の失業と兄の進学で明らかな経済危機だった…。
今でも私は歯列矯正を必要としているが、今でも歯を磨く以外の対策はしていない。もちろん食事する度にキツキツに詰まった歯の隙間に食べカスが挟まるが、それはつまようじなり糸ようじで取れば良い話である(まあ去年、糸ようじが歯に引っ掛かって無理やり引っ張ったら挟む歯2本ともぶっ壊したが…)。
もし歯列が綺麗になったら自分はどういう顔しているのだ。そもそもイレギュラーでこういう歯列になっているのだから本来は今と違う印象なのかもしれない。
じゃあ30年近く違う顔を見てきたのか?
急に美容整形した人がよく言う「これが私…!?」の気持ちが分かってきた。
よし、今のうちに「これが私…!?」の練習しておこう。
家に帰って洗面所の鏡の前に立ったら本来と違う顔が写っていたから、つい叫んでしまった。
「おまえは誰だ」
「おまえは誰だ」
「おまえは誰だ」
「おまえは誰だ」
「おまえは誰だ」
「おまえは誰だ」
「おまえは誰だ」
「おまえは誰だ」
「おまえは誰だ」
「おまえは誰だ」
【あとがき】
人生で1度も食パンを噛みちぎったことがない(普段奥歯で食パンを押さえて引きちぎり食べてる)ほどのガタガタな歯列のおかげで妙な特技を持ってしまいました。
実は私、顎を完全に閉じた状態で喋ることが出来るんです。
噛み合わせも4割ちょっとしか満たしていないから呼吸できるほど空気がスースー抜けてて顎を開いても閉じても声量が同じなのです。元々唇も最小限しか動かさないから大して差がない。その結果、この特技が生まれました。