正月のおせち料理が嫌いな人がいる。
かく言う我が家も元々そうだった。
発案者の父はおせちはおろか正月そして季節イベント自体も嫌がっていた。正月を祝うものは「崇拝」、そして季節的イベントは全て「洗脳」と言い捨てる始末。その時期その時期のイベントを祝う民衆に何か侮蔑の感情を抱いていた。
ケーキも、そばも、その料理自体は普段食べていても、そこに何か特別な意味があることで一気に嫌いな料理になるのだ。
だけど、それも10年ぐらい前から我が家の食卓事情も徐々に変更していき、この数年はわりとキチンとしたおせち料理を食べられるようになった。過去の父が決めたルールに自身が少し飽き始めたからだ。だから(事前に提案して)自身がOKだと思ったものは食卓に並べられる。
そのおかげでクリスマスケーキも年越しそばもその祝う日に食べられる傾向になった。
よそのアンチおせち主義者はどうなのだろうか。
実は我が家の身近にも何例かいた。
私や兄が生まれる少し昔、正月の挨拶回りで父が勤めていた会社の上司(副社長)宅に行った際、昼食がわりに食事を頂くことになった。
その家庭はおせち料理に好きなものがないので、毎年正月にはカレーを食べるのがルールだった。もちろん理解できる理由である。ただ面白いのが、その家庭でカレーを食べるのは1年で正月だけなのである。
普段もカレーが好きだから正月にカレーを食べるわけでもなく、むしろ逆なのだ。普段カレーを食べないから、おせちのない正月に食べることになったのだ。
それは単にカレーという形をしたおせち料理ではないか。
たしかにおせちを食べなかった期間の我が家の食卓には必ずおもちは並べられていた。鍋に入れる、お好み焼きに入れる、細かく切ってたこ焼きに入れる(オススメ)などおもちを使う場面は年間で何度もあるが、おもち単体を食べるのは正月ぐらいしかなかった。
なんだ、昔からおせち食べていたんじゃないか。
他にも正月はラーメンを食べる家庭もあったが、そこも同じく普段食べる習慣はなかった。もしかしたらうまい棒も毎年正月だけ食べていたら「おせち料理」に昇格するかもしれない(めんたい味を海苔で巻いて食べると明太子おにぎり味になって、断然美味しくなるからやってみてほしい)。
桜も春にだけ咲くから春の風物詩だろうし、セミも夏にだけ現れるから夏の風物詩になる。
もし季節に関係なく雪が降ったらどうなっていたか。
まだ最初は異常気象として報道機関総なめで「狂ってる!」と言うかもしれないが、5年10年も続けばニュース番組の綺麗なお天気お姉さんが「お盆シーズンは北西からの強い風により冷たい雨もしくは雪が降るでしょう」と淡々に読み上げるかもしれない。
それこそ昔では考えられなかった冬にかき氷を食べる行為も生まれるかもしれない。一見おかしく書いてみたけど現在どうだろう。暖房器具を点けながらアイスを食べる人は相当いると思う(自分がそうなんだが)。
むしろ夏に食べるアイスより一段と美味しく感じてしまう。
何でだろう、背徳感?
「タバコとお酒が最も美味しく感じるのは19歳まで」の理論と同じだろうか。
実を言うと、まだおせち禁止期間のとき、正月に父に隠れて母と一緒にキッチンでミニミニおせちセットを食べていた(兄は偏食家なので不参加)。
何でだろう、そのときのおせちが1番美味しかった。
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【本日の参考文献】
朝日新聞出版
2014-11-07
【あとがき】
副社長さん宅に挨拶回り行った際、カレーを出されて父はボソッとひとつ言いました。
「おい。帰るぞ」
言われた母も、そこにいる副社長さんもキョトンとなります。そして続く決め手の一言。
「俺、カレーがいっちばん嫌いなんだよねぇ」
相手が副社長さんでも普段カレーが好きな父のセオリーは一切ブレません…。
副社長さんはどう思ったのか。
「そ、そうか。渡辺くんカレーが嫌いなのか。それはすまないことをしてしまった。本当にすまん…」
そう、めちゃくちゃ良い人なんですよ。
しかもウチの両親の仲人さんでもあるのに、そんな態度に出たんですよ。横にいた母なんか「本当にすみません…本当にすみません…」と副社長さんに平謝りし続けて、一気に場の空気が悪くなりました。ほんと何考えてんだ…。
終いにはキッチンにいる奥さんに「何か他のものはないか?」と聞きに行って、向こうもカレーの予定だったから他の用意がなくて「どうしましょう、カレーしかない」と困った事態になる悪循環。
「○○が好きな人に悪い人はいない」の応用で「おせちが嫌いな人に良い人はいない」と本当に思います。
ちなみに父は仕事面では社外でも有名なぐらい超有能な技術者だったので、そんな程度では評価がブレませんでした。やっぱり社会は実力がモノをいうんですねぇ…。