世間の思うシーズンに合わせてウチの学校でも文化祭が始まった。立冬が近い11月のことである。
最初に言っておくがウチのクラスが何の催し物をしたのか全く覚えていない。振り返るとこれは仕方ない話で、そもそもどこか部活に所属している生徒は基本的に教室シフトを少なく組んで貰えたからだ。
以前も書いた通り、私のいる教室の担任が私のいる部活の顧問でもあるので、そのシフトの融通は圧倒的だった。
これが世に言う癒着か。
いま書いて初めて気がついた。
ただ逆さに言うと、夏休みが明けてからこの2ヶ月間連日連夕ずっと理科室に引きこもっては大きい方眼紙に鉱物調査のレポート書いて、別の方眼紙に少々独創的なポスター描いて、当日やる実験などのデモンストレーション、様々な質問に答えられるようマニュアル暗記、展覧室と休憩室を分ける仕切り壁まで製作。え、さっきやった実験もレポート必要!? では3日ほど時間ください。え、納期は3時間後!? くそっ、やればいいんだろ…。
カフェイン摂取のために1階下の自販機のボタンを押した。ちなみに我が校では校内以外で販売されているペットボトルおよび缶ジュースの購入または持参を禁止しているので、このとき買ったのは紙パック自販機のコーヒー牛乳(キリマンジャロ味)である。そしてそれから2時間半の間に書き損じで方眼紙3枚無駄にするとはストロー刺した時まだ知らなかった。
紆余曲折あったが、こう当日を迎えられたのは嬉しい。
さぁ、いよいよ文k(ピンポンパンポン♪)
「文化祭を 開始します 生徒は各自用意してください」
……何も言わず白衣を着た。
どこかの運動部が出店したフランクフルトと豚汁で昼食を取った午後も科学部の客足は好調だった。
それもそのはずである。
◆その横にある体験型の砂金取りコーナーには長蛇の列!
(釣り部が金魚釣りなら我が部は砂金釣りだ! 砂粒サイズだが純金100%!)
◆隣の机の簡単な実験で作れるスライムは子供に大ウケ!
(楽しいからといってスライム投げつけないで…お兄さんメンタル弱いから…)
このようにお陰さまで繁盛しているが実は各担当がこれといって分かれておらず、近くにいる部員が対応しなくてはいけない『家電店員システム』が採用されている。
なのでサイエンスクラブであるウィーはビジターのバリュースなニーズにエアリーにレスポンスするため、ヘッドを即チェンジする必要があった(これで合ってるのかは敢えて聞かないでくれ)。
こういうことはLDには本当に向いてないのだが、変なもので当時は一瞬たりとも頭によぎらなかった。
いや、よぎったからといってどうしようもないからよぎらないだけでも幸いなのだが、誰だよ、文化部=楽ちんって言った奴は…。
あーだ、こーだ、文句たらしながら私は偶然誰もいない実験コーナーで1人休憩していた。そしたら机の向かいのイスに新しいお客が2名座った。
2名とも他校の女子高生だった。しかもギャルだった。ハッキリ言うが苦手なタイプだった。
だけどそうも言ってられないので、今回使うプラコップと割り箸を渡して(マニュアル通りの接客で)始まった。
スライムの作り方は至って簡単で、材料も
◆「水」
◆「絵の具」
◆「洗濯のり」
◆「ホウ砂(眼科で使う薬)」(ホウ砂は薬局で手に入る)
の4つしか使わず、これらを
①プラコップに水を3分の1ほど入れて、
②水の中に好きな絵の具を入れて割り箸で混ぜて、
③出来た色水に洗濯のり(さらに3分の1)を入れて混ぜて、
④ホウ砂を溶かした液体(さらに3分の1)を入れて混ぜて、
⑤ほどよく固くなったらプラコップから出して完成!
※注意①
ご家庭でホウ砂の水溶液を作る際はプラコップにホウ砂スプーン2杯分入れて、高さ3分の2まで水を入れて混ぜてください。
※注意③
万が一事故が発生しても当方では責任を負いかねますので、予めご了承願います。
説明が長くなったが…さっきの順番に作れば誰でもあのスライムが作れる、はずだった。
「お兄さん説明長いから代わりに作って」
「目分量とか難しいウケる」
一筋縄にはいかなそうだ。あと何がウケるのか教えてくれ。
しかたないので代理でスライムを作っていたときに向かい越しに片方のギャルから聞かれた。
「お兄さん名前なに?」
「渡辺です」
「えーっマジで? あたしも渡辺っていうの! スゴい奇遇だね!!」
もちろんだが渡辺はハンドルネームであって、実際の名字は違う。それでも渡辺は珍しい名字ではないし、実際の名字も極々平凡で同じだからといって珍しくない。ましてや今まで同じ人に出会わなかった方が珍しい。もし彼女が言うようにこの出会いが奇遇だとしたら、この世界は希望に溢れている。つまり、それぐらい彼女たちに興味がないのだ。
「渡辺くんは何年なの?」
「1年です」
「うそマジで!? ウチらも1年だよ! これスゴくない?」
スゴくない。
「渡辺くん雰囲気優しいしモテそう。彼女いるの?」
「あれぇ~ちょっとアンタら良い感じじゃない?」
やめて。
「はい、います」
もちろん彼女たちが良い子なのは分かっている。だけど、これ以上話ししていると過去に受けた色々を思い出してしまう。嘘ついて、ごめんなさい…。
持ち帰られるように容器に移したスライムを渡してイベントやっている隣の体育館を紹介した。
それからは、生徒家族に同級生にスライム作り続けて2日間の文化祭が終わった。
3年生とはここでお別れ。
楽しかった分、寂しい…。
先輩たちは大学だ、専門学校だ、就職だ、一人ひとりそれぞれの道に進んでいった。
長くて短い文化祭が終わると遅れを取り戻そうとするのか期末試験に向けて授業のペースが普段よりも少し早かった。
それでも中間を含めて上位にランクインしたのは嬉しかった。
しかも2学期期末はクラス2位だった。
セルフ前人未踏。
また人間とは貪欲なもので、3学期では1位を目指そうと自分でも信じれないが自発的に勉強した。
新年を迎えた3学期の期末試験。手応えはあった。というか楽しみだった。もうここまで来ると上がろうが下がろうが関係ない。これが何位なのか純粋に知りたかった。
テスト結果を書いた一覧表が帰ってきた。
各教科の点数は過去最高を記録した。
クラス順位は書かれてなかった。
なぜ順位が無いんだ…!?
放課後になって絵布先生に尋ねると生徒からあまりに不評すぎて仕方なく廃止したとのこと。
反動のあまり腑抜けた。そのまま普通に順位を聞けば良かったのに、そういう知恵まで腑抜けていた。
今思っても、何度思っても、本当にバカだった。
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【あとがき】
本編では省略しましたが、1年の芸術選択科目で書道を選んだ私は1学期の課題書写で書いた漢詩四文字で、
を受賞しました。
短期間ですが武道館で作品展示もされ、事実上武道館デビューも果たしました。
そしてそれ以降、筆を持っていません。
単に授業以外で持つ機会が無かったから。
ウチの学校には書道部もあったし、親や先生から腕がもったいないから入部しろと強く進められましたが頑なに断りました。
単に書道に興味が無かったから。
そして取った賞の意味が分かっていなかったから。
当時科学にしか頭がなかった故です。
書道を嗜む科学者なんて沢山いるのに、後から文学に潜む楽しさも覚えるのに、今では磨くチャンスを潰してしまい後悔しています。
知らされる事実は、いつも背後から撃たれる。
あの日あの時あの道を選んでいたら今日はどういう一日だったのか時々考えます。
その逆もまた然り。
こんなつまらない日常でも、どこかのパラレルワールドが知りたがっていた答えの一つです。
見えない知らないからこそ、この世界は希望に溢れている。