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好きと得意は別の話というか別の次元。

【-34- ファースト・インパクト(中編)|いくら水をやっても死んだ種から芽は出ない(17)】

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 次に向かった塾は高校3年の始業式後に訪れた学校の駅から歩いて5分ちょっとの雑居ビルにある独立の小さい個別指導塾だった。

 この個別指導塾『ACT塾』の特徴は先生全員が現役T大生なのに学費が大手予備校の約半分なところだ。T大学に合格したACT塾の卒業生を雇うことでこの低学費システムが成立すると塾長の阿久津さん(たぶん60代)が言うのだからそうなのだろう。

 まずは体験期間で週1回の授業5回分を受けることになった。

 体験初日。受付嬢(塾長の娘(たぶん30代))から番号札を受け取って、塾長がその部屋まで案内してくれた。どうやら担当する先生は理科Ⅱ類2年の女子大生らしい。その先生のいる狭い個室のドアを塾長が開けて一緒に入り、その担当の先生の顔を一目見て私は思った。

「(この人、中国人かな?)」と。

 いきなり何を言ってんだと思われるかもしれないが、よく日本人のトンチンカン発言でフランス人とドイツ人とイタリア人をヨーロッパ人という広い括りだけで考えて、見分けが分からない・違いが分からないというのがある。もちろんヨーロッパ圏に住む人たちからしたら見た目の説明以前に感覚で全然違うわけだが、その逆もまた然りで、同じアジア圏でも日本人と中国人と韓国人は見た目の説明以前の感覚で全然違う。

 そして私の感覚が違うと判断したのだ。けど別に勉強さえ教えてくれたらどこの国の留学生だって構わない。だけど顔を見て直ぐに抱いた違和感は何を根拠に思ったのか、本当に合っているのか、そして彼女が本当に中国人なのかどうか、ただシンプルに答えを知りたかった。

 ここでハーフまたはクォーター説が出てくるかもしれないが、そういうレベルではなく純粋な中国人だと脳内が仮説を出す余裕すら与えてくれないのだ。かといって「先生て中国人すか?」と聞くのはトンチンカンすぎるというか失礼の極みだと無意識に理解していた。何より違っていたら凄く気まずい。

 まあ、まず挨拶しないことには何も始まらない。

「あ、はじめま「この子が渡辺綿飴君だ」

 私の第一声は隣の塾長に追い抜かれた。

「ハじメまして。きミが渡辺君ネ。よロしくネ!」

 何かア〇ネス・チャンを彷彿させる少々独特なイントネーションを聞いて思った。

「(この人、中国人かな?)」と。

 どう考えても訛りの範疇ではない発音の歪みを私は感じた。気になる、とても気になる。

「うチの塾ニ来テくれテありがト。基礎から勉強シたいということデ、まず最初ニ中1英語かヤろうと思います。このプリント解いテみテ」

「は、はい、分かりました」

 何てこった、自己紹介がなかった。名前を聞けば少しは分かると思ったのになかった。一度気になると目の前のプリントに集中しにくくなる。

 たぶん市販されている問題集をコピー印刷したであろうプリントだけを私は意識して解いた。

「出来ました」

「じゃツぎはこのプリントネ」

「はい」

 プリントを解いている間、向こうは向こうで別の作業をしていた。何の作業しているのか分からないが、とりあえず様子を見ているのであろう視線は感じた。

「出来ました」

「じゃツぎはこのプリントネ」

「はい」

 提出した解答が間違ってなければ、この会話の繰り返しだった。あまり雑談とか得意ではないから自分から何か話しかけることができなかった。そして授業1回の90分が経った。

「ご苦ロウ様デシた。基本的ナ英文法は出来テるからモ少シ中学単語を覚エ直すト成績モとアップするト思うヨ」

「そうだと良いんですが…。では次回もよろしくお願いします」

「ハイ」

 授業3回目にして私は痺れを切らしたので授業が始まる前の短い準備時間にさりげなく聞くことにした。

「あのー…1回目から思ってたんですが、先生のお名前まだ聞いてないので教えてくれませんか?」

「エッ…ごめん! ソいえば教えテなかったネ。私の名前ハ“張美玲(ちょうみれい)”ト言いマす」

 丁寧にもこれからやるプリントの余白に書いてくれた。この今まで出会ったことない名前に対して私は思った。

「(この人、中国人かな?)」と。

 いや、“張”なんてどう考えても中国の名前ではないか。下だって一見和名だが要は読み方の問題だ。向こうの読み方での向こうの名前の可能性も捨てきれない。しかし、そうだと言い切れない例も私は知っていた。

 トヨタ自動車の張社長(2007年当時)は姓は張だが、先祖が江戸時代まで遡れる純粋な日本人である。この前めざましテレビ桐谷美玲って人が映っていたが、仮に芸名だとしても彼女の顔は典型的な日本人顔だから日本人であろう。だから安易に結論も出せない。

「へぇー! 周りから珍しい(?)名前だって言われません?」

「えっ? 別に言わレタことナいヨ?」

「あー…そうですか。いやぁ今まで会ったことない名前だったので珍しいなと思いまして」

「そお? 私の地元じゃヨくアるヨ」

「へー先生の地元て、どこですか?」

「渡辺君、アまり生徒に個人情報教えちゃイけナい決まりナんだけど…」

「あっ、すみません! 雑談し過ぎましたね。では授業お願いします」

 失敗した。

 せめて地元でも聞けば少しはノドの詰まりが消えると思ったが、もうその線はなくなった。

 まあ時間だって限られているし、もうそんなことは忘れて授業に集中しよう。でも最後に一つだけ聞きたい。

「これから先生のこと何て呼べばいいでしょうか?」

「……二人シかいナいんだかラ先生でイイでしょ?」

 ごもっともです、はい…。

「先生どうでしょう」

「渡辺君ここ間違っテマす」

 あっと言う間に最終日の授業5回目になって、英語のプリント解きながら何気なく私は聞いた。

「先生、たぶん体験期間が終わったらそのままここに通うと思うんですけど、そのときは先生で継続されるんですよね?」

「え、ソれはムり…」

「な、何でですか? 体験と通学では担当違うんですか?」

「ソおじゃナイんだケど…。私ネ、再来週ニ留学スるの」

「えっ先生留学するんですか!? また急ですね…!!」

「ううん半年前ニ決まテた」

「(体験授業とはいえ前から分かっていた講師を何故セッティングしたのかな?)そうですかー…留学先ってどこです? アメリカですか?」

「中国だヨ」

 右手に握っていたシャーペンの力が増した。

 もう…もぉう…何なの。それ本当に留学なのかな。中国の大学なんて北京大学か精華大学しか知らないけど、何を学びに行くの。中国の人文学科系在学ならまだ分かるが、先生理科Ⅱ類じゃないか。中国に何を学びに行くの(※失礼)。

 ただ日本人か中国人か2択の回答を知りたいだけなのに何でここまで苦しむのか…。

「へー中国なんてオレ行ったことないから、どういうキャンパスライフになるか想像がつきません!」

「いヤ普通ニ向こうノ大学ニ通うだケだヨ」

「あ、いやその現地の食事や文化に触れたりとか留学って何かカルチャーショックあるじゃないですか。中国だとどんなショックに出会うのかなー? って少し思ったんです」

「アー…知ラなイし、別ニ興味なイ…」

「そっ…すか」

 いつもの授業が微妙な空気で再開して、そして全5回の体験授業が終わった。せめて応援にと用意した見送りの挨拶を聞くことなく先生は塾を去った。

 1ヶ月後、私は張先生に会った。その日は母からの買い物依頼で下校途中にウチの学校の近くにあるテレビや雑誌で話題になっているケーキ屋に行った。お店の手動ドアを越えて、特に女性客が大行列で並んでいた。30分以上が経って私の番になり、家族が好きな種類のケーキ数個を頼んで待っていたら、お店の奥に併設された喫茶コーナーに目が入って、そして張先生がお友達らしき人たちと楽しく話しながらケーキを食べている姿を見つけた。向こうも気づいたのか視線が合って「(あっ…)」みたいな表情になって、ケーキの箱を受け取った私はお店を出た。それからは一度も会っていない。

(次回に続く)

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【本日の参考文献】

井上 純一
2015-01-31
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【あとがき】

 あとがき2日目。まだ終わらず中編です。

 まず前提に言わないといけないのが、塾名も(芸能人を除く)人物名も仮名です。

 でも塾で出会った出来事や感情は全てノンフィクションでお送りしてます。

 何なら先生の名前なんて、もっと中国っぽい名前だったのでやっぱり中国人だったと改めて思います。

 同じアジア圏でも意外と直感で分かることありませんか。たとえ相手が整形でも、各国の整形のクセである程度分かる気がします。

 国によって美の基準が違うから、大人数が整形しても大人数が同じ一点に集まるわけなので、ある意味では十人十色を消す作業でもあります。

 それが『流行』の悪い部分であり、典型的な『依存』でもあり、『流行』という物体に対する『共依存』でもあります。自身の不快と思う部分を消すことは精神衛生的も大事なことですが、生まれもった個性まで消してしまっては元も子もありません。その人物を構築する容量が絶対100%を満たさないといけないとき、消した個性分をいち早く埋めるとしたらいち早く流行を集めた方が良いです。

 でも流行とはいい加減なもので、たとえ地球にいる70億人以上の知識を寄せ集めても流行の明確な終了点は予測できません。人間の感情など数値化できないからスーパーコンピューター側も本音お手上げだと思います。そうなると流行とは世間の思うビッグデータのさらに外側にいるダークマター(宇宙空間の約95%を構築する未確認物質)的な存在だと思います。別名「空気」とも言いますからね、そりゃ未確認だわ。

 あとファッションリーダーとかインフルエンサーとか呼ばれる人たちは最速でその流行に乗る人ではなく、最速でその流行を切り捨てる人だと思う。人間は両手以上に物を持てないから見込みのない物は躊躇わず捨てる、だからこそ次の物を直ぐに持つ。断捨離にも通じるその潔い姿に人々は「神」と崇める。宗教にも通じる行いの繰り返しが皮肉にも歴史の一部を構築しているのだ。

 な ん の は な し だ 。

 とりあえず張先生が日本人だろうが中国人だろうがテレビや雑誌で話題になって初めてそのケーキ屋に行く自分と同じ人種で、たぶん自分はファッションリーダーにはなれないんだろうな…と書きながら改めて思いました。

 ハァイ!!(ジャンポケ斉藤風)

 不時着陸という強制ピリオドつけたので次回へヒア・ウィー・ゴー!!