わが家の電話機が鳴った。通話相手は知能検査関連の職員。数日前に受けた私の検査結果の報告だった。
4歳に受けた知能検査はマンツーマンの個別形式だったが、今回受けたのは私1人に対して専門家複数人が診断してポイントを測定する、本格的な『面接形式』での検査だった。こう言うのも変な話だが、彼らの前でごまかすことは恐らく不可能である。向こうのイスにはベテランの検査官、言語療法士、児童心理カウンセラー……そんなスペシャリストたちが出した質問に対して私が返した内容や沈黙の時間、目の動き、手足のクセ、私の何もかもが検査されている、これはどうしようもない。
「今回、渡辺綿飴君が特殊学級に編入すべきか知能検査を調べました結果、『編入する必要はない』と診断を下しました。むしろ前回行った検査結果に比べて大変良くなっています。今回検査を担当した先生たちも綿飴君を褒めてましたよ。『これほど落差が激しい子は珍しい』と」
ここでいう『落差が激しい』とは言語野と他の知能野の障害の差を指す。
今まで読んできた通り、私は相手と会話が出来ない。ただ相手が伝えたいことは、その表情や動作からおおよその予測はできる。後はそれに私が考えた答えを指さしなりジェスチャーなり図形や矢印など自分なりに駆使して伝える。つまり言語を使わないでも一連の会話は成立しているのだ。
そもそも脳は物事を考えるときに「ロジック」として最初に側頭葉にある『言語野』という部分で処理する。そこで処理された情報は脳の各専門野に送られる訳だが、何事にしろ言語野の可動が大前提である。
私の場合、その言語野が最初から壊れてる。パソコンでいえばCPUだけが壊れている状態に近い。たとえ残り部分は優秀でも意味がない。ワードやエクセルやパワーポイント以前に何もできない。それなのに会話が成立している。彼は一体どうやって物事を考えているのか分からない。たぶん専門家からしたら色んな意味で興味を感じる存在なのでしょう(最後に自分で美化したので実際は知らない)。
今回の検査結果は教育委員会及び小学校に通知される。
とにかく重要なのは、「そのまま普通学級に居て良い」「以前よりも知能指数が上がっている(ただLDには変わりないので通級は必要)」。
そして10歳の時点で検査をクリアしたので、今後委員会に「編入申請」を送っても却下される事実だけが残った。事実上、小学校側の負けである。
電話報告を受けた次の日、常にニコニコだった南先生から笑顔は消えていた。
「知らない」
「はやくやれ」
「勝手にしたら?」
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【あとがき】
それから数日後。
「せんせぇ~、表面じゃなく本質で見ようや? なっ?」